研究背景・目的

 本研究は,人間の住まう空間に係る基礎科学としての地理学・地理情報科学において開発・応用されてきた空間解析手法と,人間居住空間創造を目的とした都市工学において開発・応用されてきた空間解析手法を融合した新たな空間解析手法・技術を政策立案に戦略的に活用・展開していくことを目的とする.

① 研究の学術的背景

 我々が生活を営む空間の実態を明らかにし,その有り様を追求する学問としての地理学と都市工学は,それぞれ固有の源流を元にしながら独自の発展を遂げてきた.地理学における地理情報科学の発展は,情報化技術の大きな進展とともにめざましい展開を見せており,空間解析の理論と技術の蓄積も進められてきた.一方,都市工学における空間解析技術の応用展開も大きく進歩を見せており,都市空間データ整備の充実を背景に実学として多くの試みがなされてきた.しかし,相互の交流は必ずしも活発とはいえず,独自の方法論とツール開発を行ってきている面が強く,相乗効果を期待できる部分があるにもかかわらず,そうした取り組みは不十分であった.
 そこで,基盤研究(A)「地理情報科学と都市工学を融合した空間解析手法の新展開」(平成21~24 年度,研究代表者:鈴木勉)の研究課題を通して,筑波大学の地理系と工学系のスタッフが中心となって,関係大学からも新進気鋭の研究者にも協力を求めながら,広範な分野の教員が連携して,分野融合型の新たな空間解析手法の開発に取り組んできた.基盤研究(A)「地理情報科学の教授法の開発」(平成17~20 年度,研究代表者:村山祐司筑波大学教授)で整備した地理情報システムArcGIS サイトライセンスを共通のプラットフォームとした研究共通基盤を共有し,研究者間の交流,情報交換と共有の場の提供,地理情報科学に関する研究教育の推進,情報発信等を行うことを目的としたGIS 研究教育コンソーシアムの活動や,地理情報ポータルサイトGeographyNetwork を通して,地理学と都市工学における地理情報処理技術の相互共有による相乗効果を伴った研究・教育の水準向上を実現しつつある.
 本研究課題は,こうした学術的蓄積を活用して,地理情報科学と都市工学の空間情報解析融合技術を戦略的に活用していくことを目指して,応用志向型の,科学的知見の政策立案への戦略的活用を意図した空間解析手法の高度化の追求を目的とする.

② 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

 空間解析手法は多種多様なものが考えられるが,本研究では以下の3つの分野に大別される手法群に着目して,地理情報科学と都市工学の各専門分野における空間解析手法の高度化を追求する.そして,分野間相互の適用可能性を探りながら空間解析手法の戦略的活用を図る.

(1) 空間統計解析手法の高度化と戦略的応用
(2) 配置最適化・ネットワーク解析手法の高度化と戦略的応用
(3) 空間シミュレーション技術の高度化と戦略的応用

③ 当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 地理情報科学と都市工学で用いられている空間解析手法は,その種類の豊富さやバリエーションの豊かさの割には体系的に整理・理解されていなかった.したがって,専門家といえども,必要に応じてつまみ食い的に利用するだけで,解析手法の長所・短所に関する経験的知見やノウハウが受け継がれていないという問題があった.本研究では,総合科学として実績のある地理学と,空間解析,都市・地域計画,リスク工学,立地分析など諸分野の第一線の研究者を揃えて,空間解析手法を中心に据えて,それぞれの専門領域に向けてどのようなアイデアで手法を適用するのかといった視点で意見交換からさらに高度な共同研究を行うことを意図しており,その結果,空間解析手法の体系化と多様な分野間にまたがる新たな手法の相乗的発展を期待できる.



研究計画・方法

 本研究は,地理情報科学と都市工学の各専門分野における空間解析手法の高度化を追求し,分野間相互の適用可能性を探りながら空間解析手法を戦略的に活用することを目的とする.研究対象とする空間解析手法は大別して以下の3つの項目である.

(1) 空間統計解析手法の高度化と戦略的応用
(2) 配置最適化・ネットワーク解析手法の高度化と戦略的応用
(3) 空間シミュレーション技術の高度化と戦略的応用

 各年度の研究計画と具体的研究方法は以下の通りである.


【平成24 年度】

(1) 空間統計解析手法の高度化と戦略的応用

(a) 都市化研究におけるGIS とRS を統合した空間分析手法の開発と実証研究:都市の空間的拡大を扱った理論・計量的研究を渉猟し,従来の都市化モデルの利点と欠点を地理学的視点から評価する.また,地理情報システム(GIS)とリモートセンシング(RS)を統合した独自の方法論の確立をめざす.

(b) 水資源量の分布変化予測モデル:水資源量の分布変化を気候温暖化と放牧圧変化(社会条件変化)の2 つの条件下で生態モデル,水文モデルを組み合わせて変化予測を行い,地理的分布の特徴をまとめる.

(c) 広域の都市圏を対象とした地価/賃料分布図作成のための方法論の開発:地価や賃料モデルに用いるための,広域で同一水準しかも任意地点で入手可能な変数はほとんどない.公示地価だけでなく,路線価の活用やその他のデータ作成法の検討も行う.

(d) 空間スキャン統計による集積の検定:空間上の点データの集積を検出する方法として空間疫学分野で提案された空間スキャン統計は,検出された集積の有意性を統計的に検定できるという利点を備えているため,犯罪学や林学など様々な分野で利用されている.さらに,時間への拡張も図られ,時空間上の集積を検出することが可能になっており,有用性が高い.しかし,統計的検定に必要な計算量は膨大で,データが大きくなると実行可能性に乏しい.そこで,時間・空間に関して点データを適切な単位で集計し,より少ない計算量で集積の検定を行う方法について検討を行う.

(2) 配置最適化・ネットワーク解析手法の高度化と戦略的応用

(a) 食品流通DB構築:食品流通における地図データ及び統計データの収集を行い,地理情報システムを用いてデータベースを構築する.具体的には,国土数値情報(空港,港湾),物流センサス(都市間輸送),物資流動調査(都市内輸送)について,データベースを構築する.

(b) 施設までの距離に対する近似式の導出:利用者の最寄りだけでなく2 番目,3 番目に近い施設までの距離に着目し,k 番目に近い施設までの距離に対する単純な近似式を求める.また,移動途中に立ち寄って利用するフロー需要型施設に対しても,最短経路から施設までの距離の近似式を得る.

(c) 空間データの構築:PT 調査や空間・統計データの検討を通じて,年齢・外出目的別の交通行動(手段,時間,頻度など),道路・鉄道と徒歩者ネットワーク,様々な施設などの属性・空間データを作成するとともに,このデータを用いて現状把握を行う.

(3) 空間シミュレーション技術の高度化と戦略的応用

(a) 景観シミュレーション実空間モデリング:これまでの拡張現実による景観シミュレーションでは,モデルの作成は室内で行われ,現地ではそれをヘッドトラッキングにあわせてHMDに表示するのみであった.そこで,これまでに開発したシステムを改良し,実空間でモデリングをしたりデータを更新したりできるようにする.

(b) GPS レコーダ・燃費計などの計測を組み合わせた情報生成:徒歩や自転車,公共交通機関乗車中の位置情報と燃費計などの計測機器の情報を組み合わせることにより,空間情報を活用した新しい計画情報生成方法を検討する.


【平成25 年度】

(1) 空間統計解析手法の高度化と戦略的応用

(a) 都市化研究におけるGeoComputation の有効性:大量の地理情報をコンピュータの力を援用して複雑な空間的プロセスを解明する解明する手法としてGeoComputation が注目を集めているが,都市化研究におけるGeoComputation の有効性を探る.特に,セルラーオートマタ,エージェントモデル,ニューラルネットワーク,遺伝子アルゴリズムなどの手法の応用可能性を検討し,前年度の研究成果との摺り合わせを行う.

(b) 農地管理方法の変化と水文条件:エジプトナイルデルタを対象に灌漑条件,農地管理方法の変化により水文条件がどのように変化するのかを,まず実測データから明らかにする.

(c) つくばエクスプレス沿線を対象とした地価/賃料分布図作成:つくばエクスプレス沿線を対象とした地価/賃料分布図作成の可能性を検討する.

(d) ネットワーク上の時空間上の集積検出方法:社会経済的活動に関係する空間事象は,道路網などのネットワークに依存するものが多い.しかし,これまでに提案されている空間スキャン統計は事象間のユークリッド距離に基づいて集積を判断しており,ネットワーク形状に依存した分析を行う手法を提供していない.都市内の空間事象を詳細なスケールで分析する際には,ネットワーク形状を考慮することが不可欠である.そこで,時空間スキャン統計を,ネットワーク上の時空間上の集積検出を行える方法へと拡張を図る.

(2) 配置最適化・ネットワーク解析手法の高度化と戦略的応用

(a) 食品流通の結節構造分析:前年度に整備した物流ネットワークデータを用いて,流動パターン分析として因子分析により食品流通の結節地域を把握する.輸送需要データとして,物流センサスの輸送実績データを用いる.

(b) 立地分析モデルの構築:k 番目に近い施設までの距離を用いて施設の立地を分析するためのモデルを構築する.施設閉鎖などによって利用者がk 番目に近い施設を利用することになる状況を想定し,施設までの距離の平均値や標準偏差などを用いて立地を評価する.

(c) 非高齢者・高齢者の時空間経路の計測:前年度に構築したデータをベースに,非高齢者と高齢者における各々の施設までの接近性を計測する.また,非高齢者と高齢者における各施設の利用可能地域を分析することによって,空間的な移動範囲の差異を明らかにする.

(3) 空間シミュレーション技術の高度化と戦略的応用

(a) 準天頂衛生を利用した位置取得方法:現在利用しているポータブルなDGPS では,位置の精度に限界がある.そこで,H25 年度より運用が開始される準天頂衛星を利用した GPS 等を利用できるように開発中のシステムを更新し,位置精度を高める.

(b) 最適化シミュレーションによる空間的意志決定:歩行者・自転車の最適化行動をシミュレートし,空間的意志決定への適用可能性を検証する.


【平成26 年度】

(1) 空間統計解析手法の高度化と戦略的応用

(a) GeoComputation モデルの構築:H24・H25 年度の2 年間の研究成果に基づき,独自のGeoComputation モデル(自己組織化モデル)を構築する.それを用いて東南アジア地域の人口急増大都市における都市化進行プロセス(垂直的・水平的拡大)を解明するとともに,拡大をもたらしたドライビングフォースを探る.さらに,予測モデルを援用して,10 年後,20 年後の都市の空間構造を推定する.また,シミュレーション・シナリオ分析により,研究対象地域における都市発展のあるべき方向を探り,適切な都市発展を誘導するための方策を検討する.最後に,人口急増都市を対象としたプロセス研究の課題をまとめる.

(b) ナイルデルタ全域の水文モデル:ナイルデルタで得られたデータを基に水文モデルを作成する.また,都市用水等必要に応じてデータを収集し,ナイルデルタ全域のモデル化を進める.作成されたモデルにより,デルタ地域全体の水資源の変化予測を行う.得られた結果をモンゴルの場合と比較することにより,同じ乾燥地域での水資源動向の異同を明らかにする.

(c) つくば市地価/賃料分布図の作成:つくば市の地価/賃料分布図の作成を行う.また,他都市への適用を行う.

(d) 時空間スキャン統計の都市分析への有用性評価:H24・25 年度に開発した時空間集積検出方法を利用して都市内で発生する様々な空間事象の分析を行い,時空間スキャン統計の都市分析への有用性を評価する.具体的には,これまでも分析が行われている犯罪発生地点・時点データや,店舗の出退店など施設立地データを対象に考えているが,前年度に行うネットワーク上の集積検出手法の開発により,既往の分析よりもより詳細なスケールでの分析が可能になるものと期待される.また,これまでの成果を元に,開発した時空間スキャン統計手法の解析ツールを構築し,公開を目指す.

(2) 配置最適化・ネットワーク解析手法の高度化と戦略的応用

(a) 食品流通における物流拠点・輸送ネットワークの最適化:前年度までに整備した物流ネットワーク・輸送需要データを用いて,都市工学で研究が進められている施設配置問題に基づき,食品流通における物流拠点の最適配置についてモデル分析を行う.また,航空輸送を用いた高付加価値の食品流通を評価し,今後の国内輸送及び海外への輸出における航空輸送における最適な航空ネットワーク形態及び市場等の拠点整備について提言を行う.

(b) 実際の施設配置の分析とモデルの高度化:道路網上の実際の施設配置を対象に,構築したモデルを用いて立地を評価する.施設までの道路距離の計測には,施設の位置データ,地域人口データ,道路ネットワークデータなどの地理情報データ,および最短経路探索プログラムを用いる.実際の施設配置での分析から得られた知見を,より記述力の高いモデル構築へとフィードバックさせる.特に,モデルの適合度が良くない場合には,その原因を探り,新たに取り入れるべき要素を明らかにするなど,モデルの高度化を図る.

(c) 施設の再配置や交通システムの改善による高齢者の移動範囲の拡大効果:既存施設の再配置と交通システムの改善を考慮したシナリオを作成して,高齢者の動く機会が空間的にどの程度拡大されるかを評価する.また,これらの結果に基づき,高齢者社会における望ましい施設配置(例えば,施設別の望ましい接近距離)や交通システムの改善のための政策方向について考察する.

(3) 空間シミュレーション技術の高度化と戦略的応用

(a) 景観シミュレーションの実践:具体的なケーススタディ地区を設定し,実空間モデリングシステムを用いた景観シミュレーションを実施する.

(b) 空間的最適化行動とシミュレーション技術の適用:歩行者・自転車利用者の最適化行動を再現するシミュレーションを試み,位置測定情報の有効活用策を追求する.


【平成27 年度】

(4)空間解析手法の応用可能性の検討と実践的展開

 各分野の取り組みをとりまとめ,外部発表に努めるとともに,相互の空間解析手法の長所を取り込んだ応用可能性の検討と実践的展開のための取り組みを行う.
 以上の研究を支え,分野間の連携を深めるためのハードウェアおよびソフトウェアとして,筑波大学学内で任意の端末室や教室,研究室で地理情報システム(GIS)ソフトを利用できる環境として整備されたサイトライセンスを利用する.また,多分野に渡る研究組織の連絡調整,ネットワーク環境整備を行い,膨大な資料整理等の業務支援のための研究協力者を雇用する.研究代表者は研究全体の推進と調整,総括を行う.



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